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暇のありがたさ

労働者の皆様

こんにちは。こんなこんなお盆真っ最中に労働をされている方、お疲れ様です。私は現在盆休みです。9連休の真っ最中なので、地元に帰っている。暇がると色々な事を考えるもので、一番の心配事は、私の将来もあるが、両親の事です。私の両親が60過ぎているので、できるだけ親の顔を見るようにしている。健康な両親を見ることができる回数というのも限られている。

今は、実家でこの記事を書いているわけです。だって実家に帰ってもやることが無いからね。時間だけはあるのでブログの記事を少しでも書いて、労働嫌いな人に娯楽を提供しようと思っている。こんなブログの数少ないファンの皆様の為に頑張ろうと思う。

目次

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60歳過ぎると・・

私の両親だけなのか分からないが、60歳を過ぎると人は一層老け込んでいるようにみえるようになってくる。両親が50歳の時は体力の衰えが目立たなかったが、60歳を過ぎると外見上の老け込みが非常にわかる。以前も記事で書いたことがあるが非常に見ているが辛い。

私が高校生の時は元気にあふれる両親だったが、そんな面影はもうない。元気な両親は私の記憶の中にしか存在しない。そんな両親も老いてきて、死を意識するようになってきた。私の両親とは関係はこじれていないと思っているので、老け込んでいく両親を見ていると、「これが老い」というものを実感する。

どう考えても、私より両親の方が早く他界するわけだが、それなりに覚悟をしておかないといけない。両親と坊主とは祖父母の葬式に時にもめたので坊さんは呼ばなくていいと言われているので呼ばないが、葬式等はどうすればいいのだろうか?祖父母の時は、私の両親が葬式や役所のやりとりを行ったので、私は全く分からない。

試される時

今は両親は元気だが、彼らが亡くなったときに、どういう事をするのか?を、考えることがある。そのときをことを考えると頭が痛い。父親の家系は長生きなのだが、母親の家系は早くなくなる傾向がある。祖母が69歳、祖父が71歳?で確か無くなったので母親の方が心配です。実家にいるときは親の有難みを考えることは感じることは少なくなったが、親元を離れて7年くらい経つと親の有難みが分かってくる。無いものには人間は有難みを感じるようにできているのかもしれない。

実家に帰るたびに親の事を考えるようになってきた。でもね、孫の顔は見せてあげることはできない。。。。だって私は労働が嫌い、妻子がいたら働かないといけない。いたら強制労働が30年約束されて、早期リタイアができなくなってしまう。だから孫は見せてあげられない。申し訳ない。

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