スポンサーリンク

日曜日が終わる絶望、混沌、怨嗟

労働者の皆様

こんにちは。労働嫌い、資本家への抵抗を試みているリェータです。マジで働きたくない。


雇われサラリーマンにとって土日は仮釈放だが、この記事を書いている日曜日の夕方から夜にかけて、この時がくるとなんともいえない絶望感が体全体を襲ってくる。そして日曜日が過ぎ、月曜日を迎える恐怖をまた味わないといけないのかと、、毎週思っています。1年52周だから年間52回、40年働くと仮定すると2080回も味わう・・・

スポンサーリンク

絶望の時

この日曜の夜のこの襲ってる恐怖感、絶望感を味わった時、みんなどうしているのだろうか?


私はまだ、独身で住宅ローン、車のローンを背負ってないので、まだいいが、既婚者、妻子持ちの人はどうしているのだろうか。妻子がやる気の言動力になるのだろうか。


それを考えると父親って偉大です。私の父は高校を卒業してから一つの会社に42年務めたあと、グループ会社に再雇用されて、そこで、5年くらい働いてます。そうすると50年近く労働をしていることになる。すごすぎる私には絶対にできない。でも、父と同じことをしたいか?と問われれば、NOです。そんなことをして労働に人生を捧げたくありません。


私は、彼女ほしいですけどね。彼女できたら働かないといけない(大事!)のがネックですね。無職のおっさんなんか好きになってくれるもの好きな女性はいるはずないですしね。働かないと女性にモテないという事実か?それが私を労働に駆り立てるのかもしれません。まぁ、お金を使う事が少なくなるので投資の種銭を築くスピードを速めることができるメリットがありますけどね。



何回味わうのか?

この絶望感を味わうのは別に、働き始めてから感じていたわけではない。学生の時も感じませんでしたか?夏休み、冬休みが終わり、明日、学校と言う強制収容施設に行かないといかなくなったとき、絶望感を感じませんでしたか?


この絶望感、歳を取ればとるほど、絶望度合いが大きくなっているような気がする。20代前半の時も感じましたけど、30代に入ってからの方が絶望度合いが大きい。マジで辛いよ・・・


コメント

タイトルとURLをコピーしました